平成27年 6月 (8月号掲載)
大前 貴之 選
〈特選〉
ほととぎす鳴きておどろく静けさよ 渡辺 伸幸 時鳥の鳴声によってますます深まる静寂。驚く主体を「時鳥」と考えるか「人」とするか、鑑賞者によって意見の分かれるところだろうが、それは瑣末な事。音によって無音を認識するという把握こそが、この句の眼目であり美点。
風入れや友禅の鳥羽根ひろげ 志賀 理子
虫干しのために衣桁にかけられた友禅の鳥が、まるで命を持つものであるかのように羽ばたく。これを「解釈」と論うこともできるだろうが、それは的外れ。鳥に託した作者の青春の日々を、友禅の中で躍動する花鳥から読み取るべきだろう。美しさと儚さ、それを兼ね備えた秀作。
戸を開けて涼みし時に友通る 北野 喜文 涼しげな形で寛いでいると、不意に暗がりから聞き覚えのある声。「人通る」ではなく、「友通る」と詠むことで、十七音の醸し出す優しさと涼しさが倍増した。
〈入選〉
万緑の空をまぶしむ父祖の墓 吉岡 ユキ
花柚子の囁くやうに空に向く 西野 可代子
干草の香り漂ふ夕べかな 西野 可代子
梅雨晴れや開店を待つ観覧車 福江 真子
廻廊に涼風とほる古刹かな 藤井 薫
袖通すことなき小紋土用干 藤井 薫
沙羅の花雨に打たれてなほ白く 朝倉 みゆき
紫陽花の雨に眠気の訪れぬ 盛一 紀子
サルビアの花の赤さの濃かりけり 北野 陽子
四番打者ホームラン打ち梅雨晴間 村上 正人
梅雨の夜の冷やかに入る注射液 白石 正彦
明易やけふ図書館に返す本 永野 昌人
以上、大前 貴之 選でした。
明日は、佐保 光俊 選を掲載いたします。お楽しみに…