呼吸のように・・・

俳句のエッセー

星の暗闇

裏口は星の暗闇虫しぐれ   和生

 

季語は「虫しぐれ」。

耳をづんざく虫の声を思います。

晩夏から、はらはらと鳴き出す虫の声に、

秋が近いことを思ったのもつかのま、

すぐに、虫しぐれとなる、秋の夜がやって来ます。

裏口とありますので、自宅か、あるいはどこかの家の中でしょう。

裏山かもしれませんが、ここは湖国

深い闇は湖の闇、天上の星の輝きを妨げる光は何もありません。

空は澄み、星が自由に瞬いています。

そして、耳に溢れる虫の声。

裏口という表現に、普段の生活を思わせます。

日々の生活の見慣れた景色が、

今日は特別な景色のように見えています。

満天の星のせいでしょうか。

虫の声のせいでしょうか。

いえ、作者の感性がそうさせたのでしょう。

裏口に作者は何を見ていたのでしょうか。

時間が止まったような一句です。

螻蛄 けら

耳鳴りのやうに螻蛄鳴き夜の崖   和生

 

難しい漢字が出てきました。

螻蛄(けら)、「おけら」というと、馴染みがあります。

歌にも登場しています。

鳴き声は、「じー」とひたすら鳴きつづけます。

聞いているうちに、耳鳴りなのか何なのか、

分からなくなってくるような鳴き声です。

夜の崖に鳴くおけらの声は、

耳鳴りのように、頭の中に響いてきたのではないでしょうか。

琵琶湖の風景は、日暮れから夜になっています。

作者は、虫の声がだんだんと増えてくるのを、

敏感に感じ取っているようです。

 

ちんちろりん

足許の水辺暮れ初めちんちろりん   和生

 

季語は「ちんちろりん」、秋です。

チンチロリンとは、怪しげな遊びのことではありません。

主季語は「松虫」。

傍題は、他に、金枇杷・青松虫・ちんちろ。

鈴虫のように、柔らかな鳴き声ではなく、

近くで聞くと、お祭りのお囃子のようなリズムで鳴きます。

琵琶湖が暮れていくのと対照的に、

楽しそうに鳴きはじめる松虫は、

迫りくる夜の闇を寂しく思う心を、明るくしてくれるようです。

季語の「松虫」を「ちんちろりん」とすることで、

虫の声を楽しく聞く作者の心情がうかがえます。

チンチロリン、チンチロリン

チンチロ、チンチロ、チンチロリン

本当にこんな感じで鳴くのが松虫。

チンチロリンの声の中を、家路についたのかもしれません。

色鳥

  色鳥や村の社の大けやき   和生

 

季語は「色鳥」。秋です。

秋に渡ってくるいろいろの小鳥は、その姿の美しさから、

総称して「色鳥」というそうです。

沢木欣一先生が、そう仰っています。

春は「囀り」「百千鳥」なら、

秋は「小鳥」「色鳥」です。

おそらく、琵琶湖に向かったお宮があるのでしょう。

そのお宮に神木でしょうか、大きな欅があり、

そこに色鳥がやってきました。

きれいな声が聞こえてくるようです。

秋の社と言えば、秋祭りを思います。

お祭りは、神様が降りて来られるわけですから、

「色鳥」は、まるで言祝ぐかのように鳴いていると

作者は思ったのかもしれません。

宮に降る、色鳥の声のもとに、

作者は、祈りを捧げたかもしれません。

秋の空気に心も澄んだことでしょう。

断層の崖

断層の崖の家々秋の雲   和生

 

災害が多い日本の国。

地震や出水。備えを思わないときはありません。

「断層の崖」とは、きわめて危険な地域に

家が建っている、ということでしょうか。

古くからの家は、代々続いてるもので、

現代に言うハザードマップなど、意識の及ぶはずはなく、

今も、そこに住む方があるのでしょう。

家を移るとは、簡単にできることではありません。

その崖の上に、秋の雲が湧きます。

美しい空に、災害のない日々を願う作者が、そこにあります。