呼吸のように・・・

俳句のエッセー

大白鳥

きらめきて大白鳥の着水す   高島筍雄

 

「風」創刊500号記念号(平成2年4月)

 

瓢湖へ というタイトルの連作です。

「風」では、白鳥は特別な意味があります。

沢木欣一師の一句

 八雲わけ大白鳥の行方かな

昭和が終わりを告げたその日、

瓢湖にて詠まれた一句です。

特集号には、白鳥をテーマに、多くの作品が載せられています。

そのうちの一句が、掲句です。

さりげない風景です。

着水する大白鳥が日に眩しく煌いたといいます。

良くわかります。

空気が凛と張った冬の日に、白鳥の白い羽は、

眩しいほど輝いたことでしょう。

その眩しさは、かつて欣一師が詠んだ白鳥だろうか、

そのような思いだったかと思います。

師の一句を思うと、心理的にも眩しいと感じます。

白鳥がやってきました。

眩しいばかりに日をまとって、白鳥は水上に降り立ちました。

遠ざかる白鳥ではなく、こちらへ来たる白鳥は、

夢を摑むかの如く、昂揚したにちがいありません。

 

妻連れて

妻連れて去年と同じ日記買ふ   柏 禎

 

何でもない一句です。

奥さまとご一緒に、日記を買いに行った、

それだけです。

仲睦まじいご夫婦で、引退なさったご主人とご一緒されているのでしょう。

実際、それはその通りだと思います。

掲句は、昭和52年の作。

そして、二年後の昭和54年春、奥さまは他界されました。

その事実をふまえると、重い一句だと分かります。

ご病気の奥さまの先は、ご存じだったでしょう。

そして、その奥さまとご一緒に、

昨年と同じ日記を買いました。

日記に思いがこもります。

私は、妻連れての「連れて」という言葉に目が留まりました。

連れてとは、私の母の晩年の姿に重なりました。

重い体をゆっくりと歩ませていた母は、

自身で積極的にどこへでも行きたいというのではなく、

私たちが気遣って、連れ出していました。

 白梅に涙ぐむことおぼえけり

そして、

 臨終か三分咲きなる花そこに

 初七日のをはりをぬらす花の雨

淡々と書き連ねておられます。

沢木欣一先生の序文には、奥さまの事は触れられていません。

作者がお断りになったのでしょう。

そして、あとがきの最後にひとこと、

「この句集を妻の霊前に捧げる」

これだけ書かれていました。

悲しみの深さを思います。

人は、本当に悲しんだ時、無口になります。

禎先生も、触れられたくないほど、深い悲しみがあったのでしょう。

慰めの言葉によって、その悲しみを汚されたくない、

そのような姿は、私の父と重なりました。

俳句は、日記。

そして、深い思いをとどめます。

だから、難しい。

そう感じます。

 

俳書

俳句の句集を中心に掲載してきた

オンライン俳句図書館ですが、

ここへきて、評論、エッセイが中心となりました。

読み物もいいですね。

これから、初心の方向けに、

俳句実作の方法なども掲載の予定です。

が、何事もそうですが、

俳句も真剣に取り組むと、難しいですよ。

テレビで楽しそうにしていますが、

やはり楽しいばかりではありませんので、

その辺りは覚悟してください。

本気で取り組むと、こんな感じ、という書物ばかりです。

しかし、最初は難しくても、

内容がしっかりしていますので、読み進めると虜になります。

納得します。パンチがありますよ。

これが俳句です。

私は、少し、俳句が分かってきたかな…と思えるようになりました。

写生句、客観写生という言葉も、

少し分かって来た気がします。

ややこしいことを考えず、詠むことができるようになってきたようです。

これが「素直に詠む」ということかな、と思ったりしています。

これだけの俳句を読んで、ようやくこの境地です。

まだまだ先は長い、ようですね。

秋の草取り

秋とはいえ、まだ8月で、十分夏ではありますが、

久々に庭へ出まして、草を刈ってみました。

秋の蚊に襲われ、三か所も刺され、逃げ帰った始末。

太った蛙が住んでいますが、草を刈り始めると、

いつもびっくりして跳び出してきます。

なぜ、久々の草刈かと言いますと、

雨が原因ではなく、出入り口に山繭蛾がいたからでした。

羽化した山繭は、羽が広がりきらず、飛ぶことができませんでした。

可哀そうなので、大きな段ボールに砂糖水を入れて、見守ることにしました。

それが、裏口だったわけですが、

気が付くと箱から出て、壁に貼り付いていまして、

少しずつ移動し、あちこちに卵を産み付けていました。

もちろん無精卵ですが、羽を震わせて産卵する姿がいじらしくて、

ずっと見守っていました。

が、ちょうど羽化してから一週間で、山繭は天に召されました。

なんと短い時間でしょうか。

改めて、時の重さを思いました。

たった一週間でしたが、初めての山繭だったこともあり、

かなり気遣いもして、思い出深い時となりました。

山繭は、乾いて小さくなったように見えます。

まだ、そのままにしています。

ただ、出入り口が解放されましたので、久々に庭へ出たという次第。

ちょっぴり寂しいです。

山繭と出会って、もう元には戻れない人の心。

山繭との出会いに感謝しています。

 

目に来ています。

いろいろと。

もともと強度近視でして、長い間コンタクトのお世話になっていましたが

10年ほど前にレーシック手術を受けて、

今は裸眼で過ごしています。

将来を考えて、あまり遠くまで見えるようには

されなかったので、読書には差し支えありませんが、

ドライアイがひどくて、それが大きな悩みとなっています。

眼球の表に、細かな傷ができてしまうドライアイは、

霧がかかったように見えますので、

遠くても近くても関係なく、ぼんやりしてしまいます。

しかし、そろそろドライアイだけの要素ではなくなってきたかもしれません。

ヤマダデンキで買い物をして、財布に領収を片付けていたからでもありますが、

目の前の大きな自動ドアが見えなくて、頭をしたたかにぶつけてしまいました。

「いったぁ…(痛)」

としばし佇み、みると、自動ドアが半開きのまま、停止していました。

壊したかも!と恐れて、直ぐに退散しました。

しかし、恥ずかしい。

しばらく、お店に行かないでおこうと決心しました。