呼吸のように・・・

俳句のエッセー

梅が香

梅が香にのつと日の出る山路哉   芭蕉

 

「のつと」が印象的な俳句です。

すべて暗記していなくとも、

「のつと日の出る」は、すぐに出てくる言葉でしょう。

日の出前に宿を発った翁は、間もなく、

山際を一気に見えなくしてしまうほどの光の塊が

昇って来るのに遭遇しました。

この朝日は、梅の香を一層強くし、

「春」という命の勢いを、作者にしらしめたのでしょう。

芭蕉51歳。

これが最後の春でした。

そう考えると、この句には、特別な景色があるように思えます。

しかし、それは、今だから言えることかもしれません。

芭蕉は、ただ、この時も

淡々と時を過ごしていたのではなかったでしょうか。

いつもの、そして、特別な一瞬を、

芭蕉は歩んでいたのでした。

長閑ながら、緊張感が芯を貫いているこの一句は、

そのような芭蕉の生き方から作り出されたように思います。

あたりまえの一日を、特別な一日として生きられるか、

それは、今も変わらず問われている、

人としての生きる姿勢です。

それを保つことができる要素を、

人は、それぞれに持っているのでしょうが、

私にとって、それは、信仰であり、

それ以外の何ものでもありません。

明日、また、空に日が昇ろうとも、

今日香る梅は、明日はもうないかもしれません。

それでも、その梅を永遠に留め置くところがあり、

人が、永遠に生き続けるところがある。

だから、私たち人間は、希望を失うことなく、

歩んで行くことができるのです。

一瞬の時を、永遠に記憶している神。

その神は、記憶だけではなく、

過ぎ去った一瞬を、現実として戻してくださいます。

その神に希望をおく限り、

今日は咲き、明日は失われる梅の香も

ただ過ぎ去るだけの、虚しいものではなくなるのです。