呼吸のように・・・

俳句のエッセー

アダムとイブ

アダムとイブは、神様が造られた最初の人間です。

まず、アダムが造られ、そのあばら骨を取って、イブが造られました。

旧約聖書の最初、「創世記」に書かれています。

聖書には、イブは「エバ」と訳されています。

そのアダムとイブと私たちの関係について、

考えたことがあるでしょうか。

 

先日、帰天された長老の言葉です。

伺ったときは、胸が熱くなるほどの感動でした。

牧師の言葉の引用ではなく、

本の引用ではなく、

まったく長老の言葉だと分ったからです。

長老の60年の信仰の生活において与えられた言葉だったと考えます。

 

私たちは、例外なく親から生まれてくる。

あなたはどこから生まれたのかと聞けば、

「両親から」と答えるだろう。

では、その両親はどこから生まれたのかというと、

そのまた両親から、そのまた両親からと、系図はずっと続いていく。

そして、その源に行きつくと、それは、アダムとイブなのだ。

どれだけ科学が進歩しても、医学が進歩しても、

人間は無から有を作り出すことはできない。

ゼロから有を作り出すことはできないのだ。

最初にそれを造った方、それは神様だ。

一番初めに、神様が人間をお造りになった。

全地全能の神様が、一番初めに人間をお造りになったのである。

 

医者らしい視点だと思います。

このように、創世記を理解してこられたのだと分かりました。

創世記は物語であり、事実ではなくメタファーなのだと、

多くの方が語りますが、このように科学の視点からみても

医学の視点からみても、根源的に事実なのだと認めざるを得ません。

 

多くの質問にも答えていただきました。

明晰な頭脳は、幼い頃からのもので、

金沢で50人の中に入る逸材だったそうです。

「おぎゃーと生まれたその時から、神様の恵みの中にあった」

人間は、そのような存在だとおっしゃっていました。

実感でしょう。

「おぎゃーと生まれたその時から」の表現が、

伝統的な日本語の定形で、楽しく伺いました。

最晩年の聞き取りの映像は、大切に保管してあります。