倶利伽羅の花咲かざるに逝き給ふ 田島 和生
小室登美子さんを悼んで、田島和生「雉」主宰の一句。
3月14日、突然の訃報でした。
お手紙やお電話でのご本人の態度から、私も覚悟を決めていましたが、
それでも、あまりに早い別れに言葉を失いました。
木曽義仲が、戦勝を祈願した埴生八幡宮。
そのすぐ近くに住んでいらした小室さんは、
八幡宮の四季に包まれて生活されていました。
倶利伽羅山からの雪代の瀬音を聞き、牡丹桜を眺め、
雉の鳴く声、田に水を張れば砺波山が映り、
椿の艶めく実がたわわになり、古墳を囲む竹の秋。
雪が近づくと、雪吊をなさるのはご主人。
「上手くできた、来てみろ」
と、おっしゃったでしょうか。
俳句には、夫が「来て見よと言う」とお詠みになりました。
誰もが驚きと悔しさを抱いた訃報。
田島主宰は、倶利伽羅の花がまだ咲かないのに、とその思いを俳句になさいました。
今月のGWに、二人のお嬢さまもそろって、納骨がお済です。
実は、お二人は、そろって里帰りしたことがなく、
このGWには、そろって帰ろうと早くから飛行機の予約もしてあったそうです。
その予約が、四十九日のためのものとなりました。
慰めの言葉も見つかりませんが、ただ、ふと思ったのです。
「…もう、泣かれんな…」
もう、泣かなくていい…小室さんなら、そう言って笑顔を見せるだろうと。
後悔のない別れはありません。
辛いことですが、お二人の幸せが、小室さんの願いではないでしょうか。
逞しく、笑顔を見せてくれることを願っています。