呼吸のように・・・

俳句のエッセー

秋燕

  彳(たたず)めば人も木のごと秋燕    和生
そろそろ帰るころの燕。
秋になり、涼しさが感じられ、野に草花が咲き乱れている中、
秋の燕は、次々と空から急降下しては、また空へ舞い戻っていく…

元気のいい燕に、そろそろ渡りの訓練かしらと思いを馳せる。
空を自在に飛ぶ燕は、翻っては白いおなかを見せ、燕尾をとがらせて過ぎる。
その速く、美しい燕の飛行を、しばらく立ち止まって目で追う人は、
まるで自分が木になったかのように感じたのだろう。
燕はそれほど傍若無人に、人を掠めて飛んでいる姿を思う。
警戒しなければならない「人」としての存在を失った作者は、
燕が自分に触れてくれるのではとの期待すら抱いたのではなかったか。
野生の生き物が近くに来る、それほど楽しく、ときめくことはない。
作者は、そのときめきを言葉にすることなく、ただ
「人も木のごと」とのみいい表しているところが、むしろ読者の想像を掻き立てる。
燕の世界に入り込んでしまった人の感動を、無言で語る写生句ではないだろうか。