呼吸のように・・・

俳句のエッセー

曳山祭

 愛宕神社の例祭、石動曳山祭。
江戸時代から続く祭りで、各町内から曳き出された花山車十一基が街中を誇らしげに練り歩く。
それぞれ鳳凰揚羽蝶、からくり人形など工夫を凝らした装飾を持ち、
チンチャカ、ボカチャン、チンチャカ、ボカチャンというお囃子に、ギギーッと木の車を軋ませてやってくる。
花山車は、目抜き通りに勢揃いして、一斉に繰り出していく。
これは近頃の演出で、通りが拡幅されてからのこと。
それまでは、一基ずつ擦り抜けるようにして巡っていったものだった。

 祭りと言えば、りんご飴や田楽や焼きもろこし。中でも「焼きもろこし」は大好きだった。
炭焼きの玉蜀黍に甘いたれが付けられて、美味しいけれども、ちょっと高い。
子どもは、簡単に手が出なかった思い出がある。

 小学校二年生のとき。焼きもろこし屋のおにいさんと仲良くなって、ずっとおしゃべりをしていた。
おにいさんは「自分にも同じくらいの妹がいるから」と、幼い話を聞いてくれて、
家に帰るときには、売り物の焼きもろこしを内緒で渡してくれたりもした。
 母にこのことを話すと、「お礼に」と言って、瓶ビールを何本か持たされた。
それを渡そうと屋台に近づいて行ったときのこと。
重い手提げ袋にバランスを崩し、足を滑らせて溝に落ちてしまった。
その拍子に袋は破れ、瓶が割れて、地面にビールが流れ出した。
せっかくのお礼が台無しだった。
おにいさんに喜んでもらいたかったのに、なんという失敗をしてしまったんだろう。
私は泣いて、大声で泣いて、皆が振り向く程だった。
おにいさんは、私がお使いを駄目にしたと思い、
「ビールを買って帰りな…」
とお金を取り出して、そっと渡そうとしたけれども、そうじゃない。
これは、あなたへのお礼だったのだと、説明もできず、お金も受け取らず、ただ泣くばかりだった。
 「どうした。」
と、誰かの声がした。
おにいさんは何かを話していたけれど、やがておじさんたちと一緒に行ってしまった。
恐らく、大変な迷惑をかけてしまったのだろう。


 曳山祭が来ると思い出す。優しい青年だった。
昭和四十年代も終わり頃のこと。社会が大きく変わる時代だった。
彼の人生がどのようなものだったのか、私には分からない。
ただ、その後の人生のどこかで、そのときの優しさが報われていることを祈るばかりである。

(俳誌「雉」5月号より転載いたしました)