呼吸のように・・・

俳句のエッセー

紫陽花

「芽吹く」という言葉は、紫陽花にふさわしい。
枯色をした茎に青々とした葉がラッパ状に空に向かって広がっていく。
まさしく吹き出すかに見える。
そうして芽吹いた葉はやがて大きくなり、
繁に広がって、雨を受け、日差しを受けて、見事な毬をつけてくれる。

我が家の紫陽花は深い藍色が自慢。
母はそれに赤紫を加えようと、花を頂いて来ては挿し木をした。
しかし紫陽花の色は土壌によるらしく、どれも相変わらず藍色をしていた。

ウズアジサイ、フイリガクアジサイなど、そうして増えた種類に、また一つ加わった。
それは私の受洗記念のヤマアジサイ
約二十年、教会から遠ざかっていてのいきなりの受洗は、父の病がきっかけだった。

沿道を彩る桜並木を、父と共に病室の窓から眺めていた。
強い薬にまつ毛まで抜け落ちてしまった父は、ひどく我儘で、また頑固だった。
これまでにない態度をとれば、余計に気遣いするかと思い、嘯いてはよく喧嘩もした。

およそ病院というところは、かつてない自分を見せつけられるところだと思う。
最もみすぼらしく、最も苛立ち、冷静さのかけらもない。
これほどまで人は無力なのかと知らされる。人生の最悪な場面がそこにはあった。

手術が終わるのを待つディルームに、一枚の色紙が掛けられていた。
どん底に大地あり」
まさしく父がどん底なら、私たち家族もどん底だった。すべてが覆ったと思う。
しかし、そこに、ゆるぎない大地があった。

この大地に立って初めて人は、大切なものがそれほど多くはないことに気付く。
いや、一つだけである。
針の先程の運命にさえも抗えないことを知り、
私はこの大地において、イエス・キリストと出会った。

2006年6月4日。有磯海にて洗礼を受ける。
浜辺にはダビデの星(ヒトデ)がたくさん歓迎してくれた。
波の中に跪いて、一瞬水の中に沈む。気付いたら青空に雲が見えた。

その日、牧師から記念にヤマアジサイの鉢植えを頂いた。
この花を選んだのは、「あなたのイメージだったから」。
小振りな花の色は、なぜか藍色だった。
どん底の大地に咲く花。私のそれは、紫陽花。
その後、土に植え替えた花は、玄関先に、まだ小さい。

(俳誌「雉」6月号より転載)