呼吸のように・・・

俳句のエッセー

夜、蛙が鳴き出した。
今はまだ、鳴き出したな…といった情緒があるが、
そのうち、すぐに、やかましくなることだろう。

ある時、大学の先生が学生に、
「ダイヤル回して」と言うと、
「え?」と動作が止まった、という話を聞いた。

ダイヤルを回す=電話をかける

とはならないという。
これを聞いて、私もいささか衝撃を受けた。

かつて流行ったドラマの主題歌に、
「ダイヤル回して手を止めた…」
という、微妙な女心を歌ったものがあったが、
もう、解釈がなければ、伝わらなくなってしまったのかもしれない。

それまでの電話というと、家に一台、
コードでつながれていなければならなかったので、
電話中、動き回っても、せいぜい半径2メートル程度だった。
子機なんていう便利なものもなく、
友人と長話しをすれば、親がその辺をうろうろしだすし、
男の子から電話があれば、聞き耳を立てているのが分かるけれども、
どうすることもできない。

そのうち、ようやく自分の部屋に電話をつけ、
プライバシーを確保したが、自由にうごけるわけでもなく、
やはり半径2メートルの範囲を、うろうろするのが関の山だった。

そんな時、蛙の大合唱がバックに響いていたら…
それはもう、どうしようもない。

先方も同じような状況ならば、双方、
「うるさいね」と言って、笑っていればいいわけだが、
一方が、蛙とは無縁のところにお住まいの場合、ちょっと、恥ずかしかったりする。
知らないそぶりで、何気に受話器を近づけ、
蛙の声が入らないようにするが、田舎の風情は伝わってしまうのである。

今では、電話をしながら走り回れるし、余り周囲は気にならない。

それでも、蛙の声は元気がいいので、
電話に限らず、蛙に負けじと声を張り上げねばならない。

しかし、それも、幸せなことなのかもしれない。
今では、そう、思える。