かつての城の跡が、今では公園として、
四季折々の植物で満たされている。
春には桜、ソメイヨシノが山を覆うように咲きそろう。
その一隅に、一本、辛夷の花が咲いている奥まったところがある。
かつて母に、この木の下で写真を撮ってもらった。
ボーダーのシャツに紺のデニムのジャケットを着て、
サングラスを胸にさし、ほほ笑んでいる、私。
母とは、よく吟行に来ていた。
私は、必ずと言っていいほどカメラを持っていった。
なぜなら、母に残された時間は少ないと知っていたから。
自分のために、写真を撮っていた。
母が旅立った後の自分を支えるために、母を写真に納めていた。
その母が、私を撮ってくれると言った。
辛夷の花が美しいから、一緒に撮ってあげると、言った。
私は、精一杯の笑顔を作った。そう、覚えている。
写真の私は、笑っている。
この写真の笑顔を見ると、その時を思い出し、
息が、つまる。
公園の坂道を行く母の後ろ姿は、
まるで花の中に消えていくように、穏やかで、緩やかだった。