呼吸のように・・・

俳句のエッセー

啓蟄

我が家の裏に細い道がついていますが、
休みの日には、ここを近所の子供たちが走り抜けて行きます。
しかし、これは私道で、
この道を背中にしている家々のための道なのです。

けれども、この近所では知らない人はいないから、
通り抜けに便利なこの小道を、皆さん利用していらっしゃいます。

田舎のことです。家の裏手は庭や畑があり、
また、もともと人が多くないわけでして、気にすることは、ありません。

この裏道を少し見下ろして、大きな窓がある我が家ですが、
いつも無防備に、そこから明かりを取っています。

どうせ誰も見てやしないでしょ…

そう言って、
カーテンレールも取り付けようとしなかった建築屋さんを説得し、
一応、カーテンだけは吊るした経緯があります。

その大窓のレースのカーテンに、今朝、
黒いダルマのような影が映っていました。

な、何、あれ?

その黒い塊は、やまんばが刃物を研ぐような音をさせて、
揺れているのがわかります。

…何のことはない、裏のおじいさんが畑へ行こうとして、
残雪を掻いているところでした。

でも、驚きました…

冬の間、雪に閉ざされたこの小道に、いよいよ人が現れます。
春ですね。今日は啓蟄です。

かつて、埋蔵文化財センターでのこと。

細かい作業に疲れて背伸びをしつつ、ちらっと横を向いたそのとき、
整理室と廊下のあいだにあるガラス窓に、
たくさんの顔がひしめくように並んで、こちらを見つめているのを発見しました。

とっさに伸ばした手を元に戻し、大口を開けそうになった顔を引き締めて、
視線を机上に戻しました。

心臓が止まるかと思った瞬間。

思えば、その日も啓蟄でした。

なぜか、啓蟄からこちら、見学者が増えるのでした。

人も虫も外に出る、陽気な季節、到来です!