知人の中国人医師、K先生。
日本では、伝統医学をなさっている。
日本語がお上手、と言うのも憚られるほど、日本人と変わらない。
いや、美しい日本語と言えば、日本人以上である。
いつぞやは、ポツリと
「横殴りの雨だねぇ。」
と、呟いているのを聞いた。
そのK先生に、「春眠暁を覚えず」の孟浩然の詩を、
せがんで朗読してもらったことがある。
それは、中国音で諳んじていたりすればカッコイイと思い、
レコーダー代わりにK先生を使ってしまおうという、
私のはしたない根性からであった。
K先生は、ちょっと照れたようにして深く息をついてから、
張りのある声で嚠喨と読み上げられた。
その美しい中国語に、私は魅せられて、言葉が出なかった。
韻を大切にする中国の詩を、初めて知った。
また、その堂々たる朗誦に、自国のゆるぎない誇りを感じ、
胸の奥が揺さぶられる思いがした。
自分の見栄のために、中国語を話させてしまおうとした
私の魂胆を、恥ずかしく思った。
愚か者の私は、その旋律の印象しか残っていないが、
今も、「春眠」と聞くと、あの時を思い出す。
もっと、中国語を勉強したいな、といつも思うが、
また、それだけで春は過ぎていくのだろう、と思う…。