呼吸のように・・・

俳句のエッセー

土筆

玄関先に、少しだけ土を残しています。

そこに、紫陽花や紫式部、楓など、育てています。

今、芽吹きの季節ですが、土の面には、

杉菜や土筆が並んでいます。

以前は、土筆はなかったのですが、どこからか飛んできたのでしょう。

手に触れると、ひらっと花粉が零れました。

朝の露がきらめいています。

草木を愛でる私のうなじに、朝日が差しました。

あたたかな日差しを、うなじに受けながら、

土筆を、じっと観察して飽きません。

あたたかさも、全身に伝わり、しばらくは、

気持ちのいい春の朝を満喫しました。

春は、解き放たれるような自由さがありますね。

明るくて、心が弾みます。

 

雁渡し

俳句結社「雉」は、

「風」同人 林 徹先生が創刊された結社です。

徹先生が医者でいらしたからか、創刊当時から、

お医者の同人、会員の方が多くいらっしゃいました。

副主宰の望月皓二先生もそうですし、

泊康夫先生もそうでした。

類は友を呼ぶ、ではありませんが、

お話が合うのかもしれません。

私の姉の主治医だった方ですが、

お父様が俳人で、ご自身は、全く文才はないと仰っていました。

お父様の入選作品について、

雁(かり)を「がん」「がん」とおっしゃり、

河に風が吹いて、雁が渡っていくという句、

とご紹介いただいた句は、

「雁渡し」という季語の俳句でした。

「雁渡し」は、「雁」ではなく、

「雁」が渡っていく頃に吹く「風」のことです。

しかも、お医者が「がん」「がん」言えば、

違う漢字を思い浮かべてしまいます。

こういう、まったく俳句的ではない頭脳(?)の方もあるようですが、

確かに、医者の俳人は少なくありません。

水原秋櫻子、高野素十もそうでした。

また、正岡子規は新聞記者でした。

新聞記者も多くいらっしゃいます。

田島和生先生もそうです。

明治期、メディアの最先端は新聞でした。

その新聞と共に発展してきた俳句は、

最先端の情報と無縁ではいられないものだと、私は考えます。

現在は、ネット社会です。

ネットも、また、切り離せない俳句の要素だと思っています。

 

創刊号

昭和21年5月1日發行 「風」第一巻 第一號

俳句雜誌 風 創刊號 

5月 風發行所

 

この文字、歴史を感じさせます。

状態はかなり良好。まるで複製版のように良好です。f:id:mijinyamatanishi:20200316140836j:plain

複製版…ではないと思うのですが。

じわっと嬉しさが溢れ、胸を熱くしています。

昭和21年5月といえば、終戦からまだ一年経っていません。

その混沌とした中で、「風」は創刊されました。

定価は二円五十銭「になってしまった」というような

ことばがありましたので、高かったということでしょうか。

空襲の被害がなかったとはいえ、金沢の片田舎で、

これだけの知性が結集したとは、

澤木欣一という人物の力量もさることながら、

皆が知性に飢えていたということでしょう。

第二号は、加藤楸邨の寄稿とか。

残念、この一冊しか手に入っていませんので、読めません。

いつか、手に取って読むことができますように。

その希望を胸に、

今は、白い綿手袋にマスクをして、

創刊号を繙いています。

讃美歌21

今日は主の日。

残念ながら、礼拝出席者は少なめでした。

コロナのためです。仕方がありません。

さて、今日の讃美歌の中で、

讃美歌21 513番(讃美歌第二編では332番)

現代語の歌詞に直されているものです。

讃美歌第二編の文語調に慣れているので、どうも違和感を抱いてしまいます。

 

332番(讃美歌第二編)

1 主はいのちをあたえませり 主は血潮をながしませり

  その死によりてぞわれは生きぬ われ何をなして主にむくいし

2 主は御父のもとをはなれ わびしき世に住みたまえり

  かくもわがためにさかえをすつ われは主のためになにをすてし

3 主はゆるしといつくしみと すくいをもてくだりませり

   ゆたけきたまもの身にぞあまる ただ身とたまとを献(ささ)げまつらん

 

513番(讃美歌21)

1 主は命を惜しまず捨て その身を裂き血を流した

  この犠牲こそが人を生かす その主に私はどう応えよう

2 主は父なる神を離れ 暗くさびしい世に来られた

  栄も位(くらい)も すべて捨てた

  主のため私は 何を捨てよう

3 主はゆるしといつくしみと とわの命もたらされた

  限りなく深い わが主の愛 その主に私はどう応えよう

 

そこで、私が歌詞を付けてみました。

言葉の切れを重んじて、一部の旧仮名遣いはまぬかれませんでした。

こちらです。

 

1 主は命を与えるため 主は十字架に その身を打たれ

  主イエスの死により われは生きる

  その死にむくいて何を献ぐ

2 主は父なる神を離れ わびしき世に身を置かれた

  誉も栄もすべて捨てし 主のために何を捨て去るべき

3 主はゆるしと いつくしみと すくいを世にもたらされた

  限りなき愛はこの身に満ち この身とたましい献(ささ)げて生きる

 

いかがでしょうか?

このくらいの日本語であれば、子どもたちも理解できると思うのですが。

日本語は、主語がなくても文章が成り立ちます。

その点で、英語とは違っています。

主語が省略された場合、多くが、主語=私となります。

また、主語から始められる文章にすると、詩的な韻文になりにくいことがあります。

その場合、倒置法が役に立ちます。

それらを踏まえて、後は、省略省略で仕上げます。

自己満足の世界ですが、それでもかまいません。

会心の出来?!

Thanks!

 

コロナショック

とうとうパンデミック宣言が出ました。

インフルエンザ以外では、初めてということです。

日本中、厳戒態勢を敷いたものの、収束の気配はなく、

むしろ拡大の一途に見えます。

また、イタリア、イランでは深刻な広がりを見せ、

医療機器の不足から、不公平な状態になっているそうです。

まるで、戦争中のようです。

そして、経済は悪化。株価の下落。

これはリーマン以上だと評されています。

もしや、これが世界恐慌でしょうか。

私たちは、大変な時を過ごしているようです。

世界の危機。

非常事態宣言になるのでしょうか?

明日、午後、首相の記者会見です。

もう祈るほかありません。

祈りましょう。

灰を被って悔い改めるしか、ありません。