あなた方のうち誰が、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。
なぜ、衣服のことで思い悩むのか。
野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、
この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、
信仰の薄い者たちよ。
(マタイ6:27~30)
野の草も装ってくださる神が、
その命に替えても愛してくださる私たち人間を、
私たちは喜びます。
人は、誰一人、同じではなく、
花の装いは、人それぞれに違います。
しかし、比べようがない、神様に装われた花です。
人見るもよし、人見ざるもよし
我は咲くなり
(武者小路実篤)
だから、「何を食べようか」「何を飲もうか」
「何を着ようか」と言って、思い悩むな。
それはみな、異邦人が切に求めているものだ。
あなたがたの天の父は、これらのものがみな
あなたがたに必要なことをご存知である。
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはみな
加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで充分である。
(マタイ6:31~34)
我は咲くなり。
神を求めて咲くなり。