呼吸のように・・・

俳句のエッセー

高野素十

「高野素十自選句集」を手に取り、思い出します。
これは、宮崎修先生からいただいた本です。
修先生、と言いましても、俳句の先生はなく、
耳鼻科の医者でいらっしゃいました。
林徹先生のご友人で、俳句を始められた方です。
その修先生と句会を通じてお知り合いとなり、
ある時、この句集をくださいました。
車で送って差し上げた、そのお礼に、ということだったと記憶しています。
俳句を始められたのは、それほど早くはないと伺っていました。
が、実は、若い頃、高野素十に師事していたとか、
そのようなことをおっしゃっていました。
素十は東大出身の医者。
憧れもあったかもしれません。
素十という人は、いつもきれいな女の人がそばにいて、
とても威厳があり、恐ろしさを思うほどだった…
このような話をされたと思います。
もちろん、懇意だったわけではないので、
たまたま、何かの機会にお会いしたときの印象でしょう。
お見上げした、という感じかもしれません。
その素十の句集が手元にあります。
虚子と袂を分かち、ホトトギスを出て行った秋櫻子に対し、
素十は、シンプルな句風で知られています。
いわゆる「ただごと」と揶揄されるような俳句で、
しかし、「ただごと」ではない写生句です。

  虫聞くや庭木にとどく影法師   素十

庭木にとどく人影を見いだした観察力、そして感性、
表現力、どれも優れている、高野素十でしょう。
「影法師」という言葉に、子規を思うのですが、
素十にそのような思いがなかったとは、言えない気がします。