呼吸のように・・・

俳句のエッセー

生と死

角川『俳句』7月号、
井上弘さんによる「弘美の名句発掘」その7。
田島和生先生の俳句が紹介されました。
一部をご紹介いたします。

  あふ向きに死にゆく蟬へ蟬時雨   田島 和生
 この句が優れているのは、一句の中に「死」と「生」が一対の物として描かれていることで、それが「へ」という助詞によって結ばれている。今、蟬時雨の中に声を発している蝉も、そう時を置くことなく落ち蟬となる。蟬時雨の中から、剥がれ落ちるように一匹ずつ蟬は落ちていくのである。生はたちまち死となる。そういう意味での一対の「生」と「死」なのである。方向を示す「へ」の働きによって、「蟬時雨」が一匹の「死にゆく蟬」に降り注ぐのである。だからこそ、「蟬時雨」が鎮魂の挽歌になる。

 ちなみに、この句が〈あふ向きに死にゆく蟬や蟬時雨〉だったらどうだろう。「死にゆく蟬」が主となり、「蟬時雨」は死にゆく蝉を包み込むように背景の存在として聞こえるだけである。同様に「に」だったらしたら「蟬時雨」が主となるので、生きている蟬たちが命を謳歌しているようで、「死にゆく蟬」の哀れだけが強調される。掲出句は、「生」と「死」を描きつつ、「生」の内に存在する「死」をも描き得た。絶大なる助詞の効果である。
素晴らしい内容と文章です。
勉強になりました。
皆様、是非、ご一読をお勧めします。