春菜

  布留の里春菜を摘みて時忘る   細見 綾子

句集『伎芸天』より。
布留(ふる)は、奈良県天理市の地名です。
石上神宮と言えば、思い当たることと思います。
国宝「七支刀」を所蔵している、物部氏ゆかりの神社です。
更に遡り、縄文時代には、布留式土器という特徴的な土器が出土しています。
器壁が薄く、口縁部は指でつまんだようにくの字型で、
水平に平たく仕上げられています。
布留という響きには、古代のロマンが含まれているのでしょう。
その布留の里で、時を忘れて春菜を摘んでいるとは、
古代の少女の姿を思い浮かべてしまいました。
熱心に春菜を摘んでいると、ふと、声がします。
驚いて我に返り、顔を上げるとそこには、
高貴な絹の衣を着た男子がいます。
「もし、そなたはどこの娘か…」
あとになって、それは、大王の皇子だったと知るのです…
万葉集の世界のようです。
幸せな時を詠った、綾子先生らしい一句でしょう。