呼吸のように・・・

俳句のエッセー

啓蟄

   居るかいと母啓蟄の裏戸より   泊 康夫

句集「麦星」より。
林徹先生と同じ医者でいらした泊先生は、
徹先生を追うように、同じ年の十月に天に召されました。
泊先生は、七尾市中島町のご出身です。
私の住むところもそうでしたが、
田舎では鍵をかける習慣がありませんでした。
いきなり戸を開けて、「こんにちは」「ごめんください」などと,
家の奥に向かって、大声で呼びかけます。
これは聞いた話ですが、能登では、家を訪ねるときに、
「おっかいね!」と言うそうです。
それは、つまり「居るかい」という呼びかけの意味です。
泊先生のお母様も、裏口をいきなり開けて、
「おっかいね!」と訪ねていらしたのでしょう。
俳句ですから、さすがに「おっかいね」とは表現せず、
「居るかい」となさったのでしょう。
能登はやさしや土までも」と称される土地柄をよく表している、心温まる一句です。
季語の「啓蟄」は、虫も活動を始める頃と併せて、
老いた母も、また、暖かさに誘われて家へやってきたと、
ほほえましく受け止めている作者の心情が、よく伝わってきます。