呼吸のように・・・

俳句のエッセー

萩の風

  頸立てて亀の四方見る萩の風   和生

水面を眺めていると、どこからか鹿威しの音が響いた。
見ると対岸に果樹園があるようで、青いネットが広がっているように見える。
潟には風が流れ、海の方面には橋が小さく架かっていた。
老人と赤いスカートの幼子がやってきた。
捕虫網を手に、水辺をうつむいて歩きまわっている。

ふと、水面へ目を戻すと、何か小さいものが浮かんでいた。
一つ、いや二つ。並んでいるようにも見える。
そこへ、また、鹿威しの音が響いた。
すると、その浮かんでいた小さな何かは、さっと水中へ消えてしまった。

しばらくすると、別の所に、また顔を出した。
じっとして、こちらを伺っているのだろうか。
動かずにじっと首を立てているそれは、水面に数を増やしていき、
どれも静かに浮かんでいた。
静かに頸を立てている、亀。
亀を見ている私を、亀が眺めている。
よそ者は、むしろ私。
水面は柔らかな風が流れていた。

掲出句は、雉主宰、田島和生先生の作品です。
以前、河北潟で見た亀の姿を思い浮かべました。
亀はこちらを伺いつつ、水面に首を立てているのでしょう。
萩の風が亀の水面に流れ、主宰の頬にも涼しく触れたことと思います。
「萩の風」が景色を膨らませ、水辺の豊かな自然を伝えています。
亀を発見した人間ですが、亀も人間を発見し、観察し、じっと頸を立てている、
その双方に、萩に吹く風が、また、吹き抜けていったのです。
風は、秋。
夏の疲れを癒すひと時であったかもしれません。