呼吸のように・・・

俳句のエッセー

新社員

社会人になって初めての仕事は、病院の栄養士だった。

短大出たてのぺーパー栄養士が、まともにこなせる仕事など、一つもない。

厨房は時間との戦いでもあり、火も使う、包丁も使う、危険な場所だった。

また献立といえば、一日三食、しかも、
糖尿病、心臓病、腎臓、肝臓、胃潰瘍…と、種類は数知れない。
頭の中にあるメニューは、あっという間に底をつき、
出るのは溜息ばかりであった…

別の病院に就職した友人は、厨房から昆布を示されて、
「これは、煮昆布か、出し昆布か?」
と尋ねられたそうである。

しかし、よくわからない彼女は、
「煮こん(ぶじゃないかな…)」と言いかけたところ、
傍から先輩栄養士が、

「こんな厚いもん、出し昆布にきまっとらいね!」 (注:金沢弁)
(訳:こんな厚いものは、出し昆布にきまっているじゃないの!)

と、大声を出したそうである。
私たちは、煮昆布と出し昆布の区別もつかない、情けない栄養士だった。
お互い自分の未熟さを悲しみ、涙をぬぐいあって、日々経験を積んでいった。


ところで、いつのことだったか、
姉と私は、北海道物産展というところに出かけた。
食材がお買い得というので、あれこれ買い求める。

時に、昆布屋さんがあった。
これはいいと、煮昆布、出し昆布と大量に買い求めた。

半纏を着た粋なお店のお兄さんが、向こうから声をかけて、確認してきた。

「こっちの袋が〜、煮昆布で〜、こっちが、出し昆布ね〜」

ああ、大丈夫。見ればわかるから…と言いかけたところ、
大声で、姉が、

「そうですか!分かるように入れてください!」

と叫んだ。

「だから、どうしたの。そんなこと、知りたくもないし、知る必要もないわ!」
と言っているようだった。
半纏のお兄さんは、そそくさと袋に詰めて、渡してくれた。

姉にとって、煮昆布と出し昆布の区別がつくことなど、どうでもいいことのようだった。
いいか悪いかは別として、知らないことを恥とも思わず、
堂々としている姿に、感心したのだった。

あれから、姉が、
煮昆布と出し昆布の区別がつくようになったかどうかは…
誰か聞いてくれないかな。