母の従兄にあたる方から伊予柑が届いた。
両手にもおさまらない程の大きな伊予柑が、箱一杯に詰められている。
緋色がまぶしいほどだ。
縄文や弥生式土器を成形し、高温で焼き上げると、
このような明るい色になる。
野焼きの酸化焔による橙色である。
土器ほど大きくない伊予柑も、よく見れば、色は一様ではない。
火ではない、太陽の光をどれだけ浴びたかによって、
色が変わるのかも知れない、と思った。
大体、世の中のものとは、整っていないのが普通なのだ。
直線のものも、自然に探せば、非常に苦労する。
私たちは、それを不自然に整えようとして、苦労してはいないか。
それは、意味のあることなのか。
自然のままが面白いのではないか。
青春時代のように自問してみる。
そのような問いをしたことすら忘れて、すぐに
むさぼってしまいそうな自分が、怖い。