呼吸のように・・・

俳句のエッセー

六大学オールスター戦

2019年8月24日(土)

立山レンポーズ 対 富山ワーンズ

六大学オールスター戦が富山で開催されました。

立山は、明治・立教・法政

富山は、慶應・早稲田・東京

結果は、立山レンポーズが、3対0で勝利。

仕方がないです。

三塁側ワーンズの応援は、東京・早稲田・慶應の順に

一回ずつの応援をリード。

最終回は、ダッシュ慶應、三大学揃い踏み。

見ごたえがありました。

 

慶應は「若き血ファンファーレ」で始まり、

若き血、シリウス、そしてダッシュ慶應のメドレー。

地元中学校のブラバンの応援を得ての演奏でしたが、

中学生には大変だったと思います。

慶應は、「け」「い」「おう」と叫ぶのですが、

東京大学のチアの方が、

「K」「Y」「O」と間違えていたのを、聞き逃しませんでした。

 

通教の私は、神宮球場を知りませんので、初めての応援でした。

遠慮がちでしたが、それなりに楽しかったです。

今度は神宮球場へ行ってみたい、と思ってしまいました。

ちなみに、

一塁側には、姉が侍っていたのですが、

なんと、アルコールを断り切れずに飲んでしまって、

酔っぱらって、真っ赤な顔で戻ってきました。

どう思います?

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よみがえる鞄

新しいバッグを買いました。

ただ大きいことが条件で、A4サイズの封筒がそのまま入る、

優れモノです。

型崩れもなく、ドカッと自立しますし、

仕事用にぴったりです。

鞄も古くなると、色が剥げ、

傷も目立つようになり、くたびれてきているのが

見た目によくわかるようになります。

それで、買い替えの時かと思うのですが、決断にはまだ早い。

手入れすれば甦ります。

今、よく使っているのは、

15年ほど前に買った、小さなトート型ですが、

把手の傷と色落ちは、塗り直して回復。

断捨離と言って頂いたビジネスバッグも、

同様に色を塗り、艶出し、栄養クリーム等で仕上げました。

母のハンドバッグは、

裏生地の合皮がべたべたになっているので、

生地を張り替えに出そうと思っています。

同じように、いただいた革のポーチの裏生地も

やり直して使うつもりです。

なんと、バッグの充実してきたことか。

いい革製品は、やはり、長持ちですね。

こうして、丁寧にお手入れをすれば、

長く使うことができます。

私、これで一生、バッグを買わなくて済みそうです。

古いアイテム甦り術を覚えると、お手入れの

なんと楽しいことか。

使い捨ての時代は終わりました。

良いものを長く、これが、益々大切になって来ることでしょう。

 

相馬御寮

新緑や相馬御寮の馬がゐる   石黒 哲夫

 

ラジオを聞いてお詠になりました。

お亡くなりになる10日前のことです。

相馬にいらしたことがあったのでしょう。

経験を重ねてお詠みになったのではないでしょうか。

花嫁御寮の馬が用意されています。

特別の風景、相馬御寮の馬。

新緑の許、御寮の馬は、よく手入れされ、

大人しく待っていたのでしょうか。

心弾む思いの一句。

このような句をお詠みになり、

天国へいらした石黒先生は、お幸せだったと

私は思います。

天国の父

父は洗礼を受けていませんでしたが、

最期は、讃美歌を歌う家族の中にあり、

聖書の朗読を聞き、信仰告白を聞きながら、

召されて行きました。

今、思えば、幸せな最期だったと思います。

明るい病室で、家族皆に囲まれて、

父は眠るように逝きました。

全く望まなかったわけではないと思います。

FEBCを聞き、「いい話やったな」と言ったこともありました。

聖書を読んで欲しいといったこともありました。

すべて、動けないほど弱ってからのことでした。

本当は、神を知らない父は、

讃美歌も聖書も主の祈りも信仰告白も、何もいらなかったはずです。

それでも、全てが備えられていたのは、ただ

神様の恵みだと思います。

望まない者にその身を捧げた神様の愛だと思いました。

父は天国へ行ったのでしょう。

今、母と共に、天の国にいるに違いありません。

神様は、そのような方です。

父は、私をミッションスクールに入れてくれました。

教会へ行くことを咎めませんでした。

神様は、父を愛してくださいました。

父は天国にいると確信しました……

 

一方で、キリスト者でありながら、

家族から捨てられるように死んでいった方もあります。

教会のために尽くして、それすらも忘れられたように

死んでいった方もあります。

それは、主イエスの姿に重なって思えました。

その方の死と、父の死を関係づけるのは良くないかもしれませんが、

信仰の目で眺めると、それらは、

主イエスと、私たち人間の姿のように思います。

望まなかった者を愛し、全てを備えて下さった一方で、

主イエスは、十字架で血を流されました。

 

この二つの死を、私は忘れることがないでしょう。

信仰の具体的な出来事として、心に焼き付けていきます。

天の国へ、父を招いて下さった神様。

その神の姿は、人に捨てられ、鞭うたれ、血を流された、

罪人の姿だったのです。

それは、本当は私たちの姿でした。

私たちの身代わりとなられたことを、忘れてはならないのです。