春雷

  春雷や胸を輪切にして撮らる   田島 和生
思い出します。
始めてCTが登場したころ、ある講演会での出来事です。
講演者が、
「頭を玉ねぎ状にスライスして写真を撮るのです。
 皆さん、医学は、ここまで進歩しているのですよ!」
その言葉に、
「ええ〜〜〜!!!」
と、異常に驚いていた姉は、
本当に頭をスライスしてしまうと勘違いしたようでした。
そんなことをして、人は死なないのか、などと思った姉の
貧困な想像力と理解力に、驚きを感じます。
掲句は、その画像を見せられているときではなかったでしょうか。
それだけでも、病の危うさを思いますが、
「春雷」という季語により、思いがけない歪が、
遠くからひたひたと近づいてくる感を思わせます。
戸惑う作者の心中を思わせます。

永き日

  永き日の光ふくらみ点滴す   田島 和生
正岡子規は、病床において数々の名作を残しました。
一度、田島先生は、そんな子規のことを称えつつ、
「病気になっても、甘えてはいられない」というようなことを
仰った記憶があります。
自分で起き上がることもできなかった子規の俳句は、
吟行へ行かねば、身の回りには変化がない、と口々に言う
私たちを戒めているかのようです。
その子規にせまる一句。
点滴の液が落ちて来るのを、仰臥して眺めている作者は、
その点滴液に日がとどまっていることを発見しました。
随分、日も永くなったものだと思いつつ、
ゆっくりと膨らんでは落ちてくる点滴の液を、ただ眺めていたのでしょう。
「永き日の光ふくらみ」という明るい景色の写生が生き、
陰鬱になりすぎず、むしろ、病という題材を強く印象付ける俳句に仕上げています。
病床での緊張感が生み出した、素晴らしい一句でしょう。

球根

  球根に濡土をのせ入院す   田島 和生

「去年暮れから咳が出始め、最初は風邪と診断された。
 1月7日、広島のホテルグランヴィアで「雉」新年大会があり、
 大好きな熱燗が珍しくまずい。……」
もう、何年も前に、田島先生はアレルギー性肺炎を患い、
40日ほど入院なさったことがありました。
その菌が残っていて、今頃、悪さを始めたということのようです。
大したことがなくても、医者にかかるというのは嬉しいことではありません。
命にかかわることではない、すぐに良くなる、
そう自分に言い聞かせても、落ち着かない心を持て余しておられたことでしょう。
仕事の合間に、球根を植えて、ささやかな希望を抱きます。
しばらく、ほんのしばらくの間だけ、留守にするからと、
水分をたっぷり含んだ土を球根にかぶせます。
球根を労い、いたわる仕草はいつもとは変わらなかったでしょう。
しかし、今日は、ちょっと違っていました。
ご自身の健康を球根に重ねて、
その成長を心から願います。
「入院す」の一言に、万感の思いが込められた一句です。

お元気になられて、とても嬉しく思います。

倶利伽羅の花

   倶利伽羅の花咲かざるに逝き給ふ   田島 和生

小室登美子さんを悼んで、田島和生「雉」主宰の一句。
3月14日、突然の訃報でした。
お手紙やお電話でのご本人の態度から、私も覚悟を決めていましたが、
それでも、あまりに早い別れに言葉を失いました。
木曽義仲が、戦勝を祈願した埴生八幡宮
そのすぐ近くに住んでいらした小室さんは、
八幡宮の四季に包まれて生活されていました。
倶利伽羅山からの雪代の瀬音を聞き、牡丹桜を眺め、
雉の鳴く声、田に水を張れば砺波山が映り、
椿の艶めく実がたわわになり、古墳を囲む竹の秋
雪が近づくと、雪吊をなさるのはご主人。
「上手くできた、来てみろ」
と、おっしゃったでしょうか。
俳句には、夫が「来て見よと言う」とお詠みになりました。
誰もが驚きと悔しさを抱いた訃報。
田島主宰は、倶利伽羅の花がまだ咲かないのに、とその思いを俳句になさいました。
今月のGWに、二人のお嬢さまもそろって、納骨がお済です。
実は、お二人は、そろって里帰りしたことがなく、
このGWには、そろって帰ろうと早くから飛行機の予約もしてあったそうです。
その予約が、四十九日のためのものとなりました。
慰めの言葉も見つかりませんが、ただ、ふと思ったのです。
「…もう、泣かれんな…」
もう、泣かなくていい…小室さんなら、そう言って笑顔を見せるだろうと。
後悔のない別れはありません。
辛いことですが、お二人の幸せが、小室さんの願いではないでしょうか。
逞しく、笑顔を見せてくれることを願っています。

サマードレス

夏です。
薄着になると、体型が気になるところですが、
ぴっちりせずに、ラインを美しく見せてくれる物があればいうことないです。
そこで、一考。
ワンピースならいいのではないか、と。
季節的には、まだ少し早いのですが、
店頭には、豊富にそろっています。
涼し気で、窮屈ではなくて、形のいいデザインを選びます。
よそ行きの感じでしたら、綿ピケなど、張りがあっていい生地ですし、
普段でしたら、綿、麻の、素朴なものがいいですね。
露出が多いデザインは、ふわっと羽織るニットを合わせるといいでしょう。
いまは、クールビズで、寒い程の冷房はなくなりましたが、
かつては、このような上着は必須でした。
屋内は、夏の方が寒かったです。
身長は高くないので、ロングはだめ。
ショート丈も、短すぎないように、膝は隠しましょう。
腕を出すのは嫌ではないのですが、袖がないのは嫌いです。
腰までゆったり被う、ニットのカーディガンは、爽やかな白にして…
とにかく、このような組み合わせで、一つ選んでみました。
ホームウェアですので、一人の楽しみです。
今年の夏は、らくらくファッション。
いい夏になるといいなぁ。

田水張る

田に水が張られ、パズルの絵のように、
風景が四角に区切られて、映し出されています。
どこを向いても、みずみずしい初夏の景色。
田、新樹、川、そして、空気。
新鮮な潤いに満ちています。
季語は、よく観察され、感性によって錬られ、
造り上げられた、一言の詩だといえます。
季語は、それだけで「詩」であり、重みがあります。
季語を味わい、俳句を楽しみましょう。
季語は、四季のある日本ならではの言葉です。
恵みの言葉を、
楽しんで活用したいと願います。

はくれん

木蓮は、白と紫とあります。
はくれん、紫木蓮(しもくれん)と詠まれます。
風邪で寝込む前、見かけた木蓮ですが、
真っ白な花を、風が吹くたび、
風がなくても、
頻りに散っていました。
萌えた草に散る、真っ白な花びらは、
目に美しく、印象的でした。
句にならないか、四苦八苦して、
なんとか一句をものにしました。
が、それは、7月号の「雉」誌へ投句しました。
自然詠は難しいです。
が、これも写生の訓練、俳句の訓練です。
俳句は厳しく、句会は楽しく。
句作に苦労した分、明日の句会は楽しみます。
良い句にたくさん出会えますように。
皆様との再会も、とても楽しみです。