呼吸のように・・・

俳句のエッセー

空蝉

泥の目の空蝉二つ僧の墓  和生

 

空蝉の爪は鋭く、ちょっとやそっとでは離せません。

羽化した時そのままに、木の葉や幹を掴んでいます。

その空蝉が、僧の墓を掴んでいました。

墓とは石のことです。

石を掴んで離れない空蝉は、

どれだけの時を、ここに過ごしているのでしょうか。

泥の目によって、それは表れています。

雨がやって来て、水しぶきが泥を跳ね、

また、太陽が照り付け、その泥が渇いても、

空蝉は墓を掴んだまま、じっとしていたのでしょう。

空蝉にも時の経過があります。

そして、短い蝉の命を思ったのではなかったでしょうか。

空蝉は二つ、仲良く僧の墓を離れません。

命のない空蝉は、やがて墓を零れてしまうでしょう。

それが何時なのかは、誰にも分かりません。

苔の花

一の宮苔の花咲く力石   和生

 

一の宮」という響きが、この場面を揺るぎないものにしています。

一の宮とは、その地域において、もっとも格式の高い宮をいいます。

かつて、日本最古の地図、東大寺の地図では、

「神地」とのみ記されていた、いわゆる「神の宮」に

建物が出現したのは、中世のことです。

政治的な意図があったとされています。

ともかくも、それまで夜、山野を移動し、目に見えず、

お祭りの日だけに来臨していた神に、定住の地が与えられたのです。

その一の宮

かつての「まつりごと」とむずび付き、

「格式」という呼び名で、現在もその品位を保っています。

その一の宮の力石に、苔の花が咲いていました。

「苔の生すまで」示しています。

力石も、今ではかつての男たちの夢の象徴として

お宮に祀られているだけです。

しかし、それらすべてが、現在に至る歴史であり、

苔の花へ集約される時の遺物です。

雅で厳かで、希望を感じる一句です。

 

大住雄一先生を悼む

大住雄一 東京神学大学学長が

9月5日急逝されました。

64歳でした。

ちょうど一年前、金沢教会にて伝道説教をしていただきました。

神の国が来ている証拠」

その一年後、天に召されるとは

誰も思わなかったことです。

もう一度、お会いしたかったですし、

お会いできると思っていました。

大住先生とは10年ほど前に、富山での東京神学大学の講演会において

初めてお会いいたしました。

背広を着こんで、前に手を組んでいらっしゃるという

柔らかな物腰とは打って変わって、

お話は打ち出しが強く、江戸前のべらんめえ、ではありませんが、

はっきりとした口調に驚いた覚えがあります。

とても新鮮でした。

姉を誘って行ったのですが、姉は教会へも足を踏み入れたことのない者で、

しかも初めての神学講座というので、心配もしましたが、

申命記」を夢中になって聞いていました。

学問的な切り口が良かったようでした。それもそのはず、

姉は大住先生と同じ、法学部出身で、

殺伐とした(?)申命記の授業が合っていたと言っていました。

昨年、お会いした時は、病を得られて

以前のような勢いはありませんでしたが、

やはり頭の良さは隠れようもなく、

複数の質問にもメモ一つ取ることなく、即答されていらしたことを

私は忘れません。

もう一度、お会いしたかった。

また、会えると思っていました。

人生は一期一会。

あのとき、質問して良かったと思います。

有難うございました。

先生の後は、皆が一丸となって引き継いでいきます。

収穫の確信を説かれた言葉は、無駄になることはありません。