呼吸のように・・・

俳句のエッセー

つながり

俳誌「雉」のHPを担当することになり、思い出したことがあります。

初めて「雉」にHPをつくることになった、あれは、5年以上前のことです。

「HPに期待すること」という内容の文章を書かせていただきました。

それは、

HP全体を「雉」の俳句博物館的な仕上がりとして、

新しい記事、季語などの資料、主宰の部屋、

そして、

「思い出写真館」「インタビュールーム」を設けようというものでした。

今、まさに、それらを実現させるチャンスをいただいたわけです。

まず「思い出写真館」をアップしました。

これは、「雉」創刊主宰 林 徹 先生の写真集です。

スライドショーにしたため、写真の説明が入っていませんが、

ご覧になられた方で、ご存知の方もあるかもしれません。

林徹先生は、耳鼻咽喉科の医師でいらっしゃいました。

同じく佐藤尚夫先生、宮崎修先生は、徹先生と親しく、

徹先生に誘われて、俳句を始められました。

そのお三方が、仲良く写真に収まっているというわけです。

佐藤尚夫先生は、金沢で「佐藤耳鼻咽喉科医院」をされており、

今は、ご子息が後をお継ぎになっていらっしゃいます。

佐藤尚夫先生と宮崎修先生とは、句会で、大変お世話になりました。

佐藤先生が、同じ医師の先輩として尊敬している、とおっしゃった方が、

片岡茂太郎先生でした。

片岡先生はキリスト者で、医師会でも、良く、神を説いていらしたと伺いました。

片岡長老は、私にとって忘れられない信仰者です。

その片岡先生は鉄道病院の委託生となり、復員された後は、

鉄道病院の医師として勤務されました。

その後、耳鼻咽喉科を開業されたわけですが、その時に、

鉄道病院の席を、後任として林徹先生にお譲りになったそうです。

不思議なつながりだと思いませんか。

私は、このような人のつながりを、とても愛おしく思います。

無名の人であろうと、偉業を成し遂げた有名人であろうと、

等しく「人」としての時があったことを思うと、いつも感動します。

そして、人は人とつながりを持っています。

必ず、つながりがあります。

その不思議な〈神によっての〉つながりをひもといてゆくのも

私は大好きなのでした。

神様のことを思わずにはいられません。

神様は、人をつないで、ご計画を実行されているのです。

一人一人を見ると、不完全でどうしようもないと思うことがしばしばですが、

こうして大きな時間のうねりの中で、人の営みを見るとき、

そこに、確かな神の意志があることを思います。

神様にとって、過ぎ去った時も現在も未来も、等しく御手にあったのであり、

今も神の業として、全てが御手の中にあると確信できます。

神様は、どのような人も、等しく、愛おしく思っていらっしゃいます。

こんな小さな存在が、全力で走り、泣き、笑い、睦み合って生きています。

これほど愛おしい存在はないでしょう。

神様は、人を、すべての人を愛していらっしゃるのです。

時を大切にし、人を大切にしましょう。

けれども、その思いに挫折するのが、また「人」です。

その全身で悩む私たちを、

神様はいつくしんでいらっしゃるに違いありません。

人のつながりを思う時、その物語を思う時、

神様の愛を知ることができます。

「雉」俳句と教会を結んだ、この神様の物語に、感動が止みません。

皆さまも、是非、「雉」HPにある、「思い出写真館」をお訪ねください。

徹先生以降、今も、その「つながり」は続いています。

物語は進行形。

神様の物語です。

 

www.kijihaiku.org

 

 

 

予防接種

今年は体力も落ちているので、危ない気がして、予防接種を受けました。

全然、痛くなかったです。どころか、

チクリともしなかったような感覚でした。

山本先生、評判通りの上手さでした。

これなら、幼い子も大丈夫でしょう。

お勧めです。

受験生も来ていました。

大事な日に、インフルエンザなんて、

洒落になりませんから、手堅く予防しているわけですね。

幸運を祈ります。

 

今日は、私の誕生日から、ちょうど6か月です。

突如、承ったホームページも、日毎に様になってきています。

宜しければご覧ください。

応援、宜しくお願いします。

 

http://www.kijihaiku.org/index.html

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逝去者記念

11月の初めの日曜日は、逝去者記念礼拝です。

礼拝の後、教会の墓地へ出かけ、納骨と祈祷を行います。

たくさんの信徒・遺族が集いました。

十字架を刻んだ墓碑に写真が並べられると、

故人を偲ぶとともに、一つの時代の区切りのようなものを

感じずにはいられませんでした。

彼らは天の国に行き、主の膝元に憩っているのでしょう。

しかし、地上では過去になりました。

どれだけの時を重ねても、この地上では、

再びまみえることはありません。

さようなら。

新しい時を、この同じ場所で生きる私たちを、

どうぞ守り導いてくださるように、お祈りください。

もうすぐアドベントを迎えます。

天上と同じように、この地上にも光が照りますように。

私たちに光をお与えください。

 

 

鞍馬山

「雉」全国俳句大会の後、鞍馬へ行ってきました。

一度、訪ねてみたかったところです。

本殿まで登り、清々しい空気を満喫。

少々、キツかったですが、いい運動になりました。

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碑文(宇奈月温泉木管事件)

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検索されている方が多いので、こちらに全文を掲載いたします。

参考にしてください。

私は勉強したことはないのですが、

比較的近くでもありますので、なんとなく知っています。

宇奈月温泉駅は、北陸新幹線の「黒部宇奈月温泉駅」から

山手に向かってかなりの距離にあります。

駅名が似ていますが、別のものですのでご注意ください。

 

宇奈月温泉駅からのトロッコ電車は、友人を案内したこともあります。

駅の方々はとても親切で、その「おもてなし」に、

友人夫妻は感激しておりました。

ひぐらしがよく鳴く日でした。

自然はこのままであってほしいものです。

 

 

 宇奈月温泉木管事件は、戦前の大審院最高裁判所に相当)が、

初めて「権利濫用」という文言を判決文の中で使い、

所有権の濫用になる請求を許さなかった民事裁判事件として有名である。

 大正六年(1917)黒薙川上流から宇奈月温泉まで引湯木管が敷設されたとき、

個人所有地のわずか六平方メートルほどの部分につき承諾を得ていなかった。

この土地と隣接地の買主が、土地所有権の妨害を強調して、

時価の数十倍での高値での全部買取を要求し、

これを拒否されたため引湯木管撤去と立入禁止を求めて提訴したが、

第一審・第二審ともに敗訴した。

大審院も買主の請求を認めなかった。

 この宇奈月温泉木管事件の大審院 昭和十年十月五日判決の後、

「権利濫用の禁止」の同旨判決が続き、この法原則は、判決例として確立し、

昭和二十二年の改正民法において第一条第三項「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」

と成文法化され、すべての私権に適用される重要なものになっている。

 宇奈月温泉木管事件は、このような歴史的意義を持つため、

きわめて多くの法律書や論文などに引用されている。

事件の跡地があることを示すため、ここにこの碑を建立した。

(「宇奈月町史」にもこの事件は記載されている。)

             高岡法科大学学長   吉原節男

 

 

※ 昭和57年(1982)に、「宇奈月温泉測定所より黒薙泉源間6,710m全線に亘る

引湯管合成パイプ化完成」と、宇奈月温泉の歴史に書かれていますので、

現在は木管ではなく、合成パイプを使用しているということのようです。